臥薪嘗胆

テーマ ・ その他の話題 カテゴリ ・ 中国古典四字熟語 #20458
四字熟語をいろいろと紹介していこうと思っています。

のっけから「おや?」と思われた方はかなりの通。

臥薪嘗胆を調べると、「復讐のために耐え忍ぶこと」とか、「恨みを晴らすためにどんな苦難にも耐え抜くこと」などと出てくるが、本来は「臥薪」と「嘗胆」でそれぞれ別の言葉だった。

「嘗胆」の言葉自体が成立したのは司馬遷が史記を書いた以前だから2000年以上前。
元になったエピソードである呉越の戦い(中国の長江流域に呉と越という国があった)はさらに500年くらい前。

父親を殺された呉の王様が、越に攻め入るが自分も負傷し、散々な目に遭った。
父の仇を返すために「薪を寝床にして臥せる」日々が続いた。
これが「臥薪」のもとになった話だが、ずっとあとになって『十八史略』という書物に出てくる言葉だ。

やがて父の復讐は成った。越の王様は屈辱的な和議を結んで許されたが、このときの恨みをどうしても返してやりたい。
苦いキモを舐めてこのときの屈辱を忘れないようにした。「肝を嘗める」で「嘗胆」である。

やがて越王は呉王を破り、恨みを晴らすが、呉の王はかつて越王を許したことを後悔して自害して果てた。
ここに、呉越の戦いは終結をみる。

呉と越が非常に仲が悪いことは有名で、「呉越同舟」という四字熟語まで生まれたほどだ。
これは、「目的のためならどんなにキライな相手とも手を結ぶ」ことのたとえとして使われる。
今回紹介した「臥薪嘗胆」も「呉越同舟」も、どちらも一度は聞いたことがあるだろう。

ちなみに、この頃の時代に活躍した人物に兵法家の孫子や儒者の祖である孔子がいる。
孫子はこの「臥薪嘗胆」のエピソードの発端となった、最初に殺された呉王に仕えていた。

詳しい話や細かいエピソードなんかも、今後このブログで語っていけたらと思う。

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