昔々のお話。

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ 雑談 #2849
旧約聖書に出てくる「出エジプト記」は、エジプトから脱出した人々が数十年の放浪の果てに「約束の地」イスラエルを建国するまでの話です。

例の海が割れる話ですね。

しかし、エジプトの記録(石碑)にも旧約聖書における「出エジプト記」の事実は記載されておらず、真偽は怪しいものとなっています。

また、聖書には旧約聖書の他に、新約聖書と呼ばれるものがあり、私たちの身近ではイエス・キリストに関する事が記載された福音書がそう呼ばれています。

西暦2009年とは、イエス・キリストが誕生してからのカウントですが、イエス・キリストの事が記録された福音書は、キリストの没後20年以上経過してから書かれたものと言われており、厳密に言えば、イエス・キリストの事を正しく伝えているという証拠はありません。

しかし、宗教の解釈がどうであれ、旧約聖書や新約聖書の時代、ローマやエジプトなどの文明が存在していた事は事実であり、旧約聖書の「出エジプト記(モーゼ五書)」も新約聖書の福音書も、その文明の繁栄の中で書かれています。

実際に実在する時代の中で聖書が書かれ、それを今でも読む事が出来るというのは何か不思議ですよね。

12月25日のキリスト生誕も、もともとは古代ローマの「太陽神」を祭る日であり、無用な摩擦を避けたいキリスト教の指導者が、同日をクリスマスとしたのですよね。(諸説ありますが)

Christmas は キリスト(Christ)+礼拝(mas)を意味しています。

私の説では、本当の誕生日ではありません。

旧約聖書について言えば、イスラム教・キリスト教・ユダヤ教はすべて旧約聖書を起源としています。

イエスはユダヤ教の洗礼を受け、神の子として覚醒したのです。

ところが現代、様々な宗教で対立が生まれています。旧約聖書以降の宗教がそれぞれに分かれ、戦争といった対立を生んでいます。

例え始まりは一つでも、それを信仰する人間は一様ではありません。

せめて「平和」だけでも統一の解釈をして欲しいものですよね。{:-)}

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