我慢できないので「傷物語 熱血編」の感想を書く

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ なし #32966
キスショット・アセロラ・オリオン・ハートアンダーブレード

阿良々木暦

彼女との壮絶な出会いを経て、問題を解決させようとする物語。


当初3部作を見てから批評をしようと決めていたのだけれど
熱血編だけは僕の「感想を残しておきたい」という衝動が抑えられなくて、ここでは批評という格好ではなくて感想ということでメモしておこうと思う。

感想なのだから、この後の文章に関しては論理的に、客観的に思考を巡らせて最後に「作者がなにを言いたかったのか」という部分についてはそこまで触れるつもりもないし、もし触れたとしても根も葉もないとここで宣言しておこう。

この作品に関して、僕は花物語までしか見ていない。
さらに言うと、原作の小説についてはからっきしである。
最近は「ちゃんと勉強してから書けよ」という野暮な人ばかりなのでここでもう一つ基本的な理念をメモしておく。
「作品を作るとき、それが初めて見る人でもわかるように描くのが制作側の求める着地の一つなのだ。ましてや、勉強したからと言ってまっとうな感想や批評が書けない人の方が多い、それは考え方の固執、人間強度の低下だ。知識の差で気づくことに違いがあってもそれはどちらも正しい。」

なぜ原作を読まなかったのかというと、まあ同じ意見の人もいるだろうが
シャフトの作るアニメーションが斬新で、小説版になるとそういった世界観やら雰囲気の差異に拒否反応が出る恐れがあるからだ。

さらに、なぜまだ花物語までしか見ていないかというと
シャフトのストーリー展開が化物語のころに比べてアイデアを欠いてきているのではないかという疑念があるからだ。

でも、基本的なスタンスは変わらずに妙で奇抜なデザイン性は好きだ。
生活感のない部屋だったりとか、街中の風景にエキストラが一切出てこないだとか、異世界的な表現が見事だと思う。


さて、そろそろ本題に入ろう。熱血編の感想だ。
熱血編は大まかに言って吸血鬼ハンター3人との格闘、羽川との関係を描く作品であったと見て大方の賛同を得られるだろう。

僕が非常に残念でならないと感じたのは、戦闘シーンがテレビシリーズの「するがモンキー」より劣っているんじゃないかと思うのだ。
これだけ聞くと、勝手な事を言っていると思われるかもしれないがその部分についてはしかして原因があるのだ。

この話、鉄血編はかなりシリアスに描かれていることがわかる。というか、鉄血編を見たときに「今回は映画ということもあってかなりシリアスな作品なのだろう」と思った。これについても大方の観客はそう感じたのではないか。

だから、熱血編を見る前は「どんな戦闘シーンを見せてくれるのか」と期待したのではないか。

しかし制作側の意図は逆だった、ギャグだったのだ。

腕が吹っ飛ぶシーン、新しい腕が生えてくるシーン、鉄球が目に当たるシーン、エピソードの追い討ち描写(表紙画像参照。これは笑えた。)

制作側は「シリアスに描かない」スタンスを熱血編で入れ込んできたのだ。
何というか鬼気迫る部分が特に無く、羽川の助言も唐突だし負傷もなんだか間が悪いというかなんというか、しっくりこなかった。

原作を端折りすぎたのか?
会話劇の方に力を入れるために、端折ったのかな。と思いながら見ているとやはり会話劇にかなり手を入れていた。

普段のキャラクターの描き方はかなり美化されていて阿良々木君もかっこいいし、羽川も可愛く描かれてていた。コミック絵になるところもシャフトらしく、見ている側としては「化物語シリーズ」を思い出させてくれて安心するところではある。

でも、エロシーンは「俺にとっては」求めてなかった。羽川の下着を見せるシーンなんてのは、宇宙の壮大な描写だけで終わって下着そのものを見せる必要はなかったのではないかと思う。ギャグに走ったと思ったらガッツリエロが入る、そのギャップにとりあえず恥ずかしい気持ちになった。これを安心して観ることは僕には出来なかった。
そして、阿良々木君の肉体が筋肉質になっているというくだりで羽川とのムーディーな情景に移る場面では、二人のぎくしゃくした恋愛の描写かと思いきや、性的な表現になっている。

その後もいろいろとエロとギャグを織り交ぜながら話が進んでいくのだが、羽川とのシリアスな会話がそのおかげでまったく薄っぺらいものに聞こえてきてしまうのだ。
セフレに対して、これまでにないほどの自己犠牲の精神、感謝をしながら「もうこの関係やめにしよう」と言って正当ぶっている感じになってしまう。お前肉体関係になっといて今更かっこつけてんじゃねぇよ。という気持ちになる。

羽川が腹黒く、阿良々木君の生き死にの問題のさなかでもポイント稼ぎにいそしむ姿は
「自分の家庭事情が辛いから男の所に行って媚び売って、必要とされている自分が嬉しい、そして非日常を謳歌できる。」という気持ちが伝わってきて、こいつ邪魔だわと思わざるを得なかった。

「かわいい」とか「かわいくない」とか「かっこいい」とか「ダサい」とか、そういう目でしか見ない人は「羽川があざとかった、でもかわいい」という感想で終了することだろう。


全体的には、いい意味か悪い意味かは次回で分かるかなというところではあるだろうけれど、裏切ってきた。僕の想像しているものと逆の表現がなされていた。

するがモンキーの戦闘シーンにおいては、内臓ぶちまけるシーン、血の色を変化させることで阿良々木君の絶望的なピンチという表現がなされていたし、骨が折れるシーンもスローで描くことでその痛々しい部分も見れた。
表現にバリエーションとテンポが相まって、当時初見の僕は単純にすげぇと思った。

ただ、この熱血編においては演出が通り一遍等だった。
テーマに対して一貫した表現を用いる必要があったのかもしれないが、従来の物語シリーズと比較するとかなり大人しめの、普通のアニメ表現という印象だった。
「黒齣」の代わりに「noir」だったりとか日の丸が四つなびいている描写も演出の一つなのだろうが、なんとなく意味合いが伝わっているにも関わらず執拗に同じ描写が目立っていた。途中、わかってるよもう十分だよと思った。

次回の冷血編はとうとうキスショット(略)との戦いに入る。
さすがにギャグっぽい演出は抜きだろうけれど、変な描写で観客を冷めさせることの無い様に願いたい。期待はしている。

前作「傷物語」についてはコチラを参照

コメント0

まだコメントはありません。最初のコメントを書いてみませんか?