幽閉、若しくは彷徨 五

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ 思索 #727
――神か……。神は何故生命を多様なものとして此の世に創造したのであらうか……。


――人間を試してゐるのか? 否、存在を試してゐるのか? 


――何故試すのか? 


――神ならば此の世の全存在物の呻き声、それは例へば「吾は何ぞや」「吾は何故此の世に存在するのか」等の呻き声を知らぬとは言はせぬ。例へば「何故吾は奴の餌となるのか」等の呻き声を聞いてゐる筈だ。神ならば「何故吾は奴に弄ばれて嬲り殺されなければならないのか」等の呻き声を知ってゐる筈だ。それにも拘はらずだ。神は今も存在物を生滅させ続けてゐる。それは何故だ! 


――生々流転……。


――それでも神は吾に此の世の森羅万象を承認せよと言ふのか! 


――もしや吾吾は神に弄ばれてゐるだけなのか! 解からぬ! 


と、其処でまた一つ思考の小さな小さなカルマン渦は霧散したのであった。彼は眼前に拡がる無限を誘ふ闇を相変はらず凝視するのであった。するとまた一つ小さな小さな淡く輝く内発する光点が彼の視界を右から左へとゆらゆらと横切るのを見るのであった。闇はそれがどんなに薄っぺらな闇でも何処まで行っても闇の深淵であった。其処から這ひ出す術など彼にはなかったのである。見渡す限り闇であった。


――悪意に満ちた宇宙の全史……。


――悪意に満ちたか……。何故さう思ふ? 


――存在は存在させ、非在は存在させぬからだ。


――確かに存在が存在するといふことは悪意が満ちてないと出来ないな。しかし、非在が存在しないといふことに悪意はあるか? 


――非在は何時でも存在に取って代はるべくその時をじっと息を殺して窺ってゐるんだぜ。


――存在が存在することで非在を非在たらしめてゐるのか……。


――存在は非在に、未出現の非在物に呪はれてゐる。「早く吾にその存在の席を譲れ!」と。


――呪はれてゐる? 例へば人間一人存在するのにどれだけの精子と卵子が死滅したのか人間は解かって生きてゐるのか。


――簡単に生者は自殺するしな。


――ざまあ見ろだ! 


――確かにこの宇宙は悪意に満ちてゐるぜ。ふっ。また一人死んだぜ。ちぇっ、他を貪り喰らって生者はのほほんと生きてゐやがる。


――例へば一つの存在物が存在してしまったことで、その影で無数の存在出来なかった非在物が泣いてゐるんだとすると、存在はそもそもからして呪はれてゐるな。


――存在物はそれに気付いてゐながら知らん振りを決め込んでゐやがる。


――へっ、だってさうじゃなきゃ、存在してしまった《もの達》は一時もその存在すら出来ないぜ。


――それにしても存在する《もの達》はその事に余りにも無頓着過ぎるぜ。挙句の果ては己の生は己の自由だとぬかしやがる! 


――へっ、それだって構ひやしないぜ。どうせそんな奴は非在に呪ひ殺されるのが落ちさ。


――ふっふっふっふっふっ。非在に呪ひ殺されるか。はっはっ。


――ちぇっ、そいつ等は詰まる所行き場を失って自殺するしかないのか? 


――へっ、当然だろ! 自ら命を絶って非在の仲間入りをして《生者》を呪ふに決まってら。


――ふっふっふっ、自殺も《生者》の《自由》だものな。


――ちぇっ、そもそも生は泡沫の夢か? 


――仮に宇宙が悪意に満ちてゐるとするならば、生は泡沫の夢ですらない! 


――するとだ、生が泡沫の夢ですらないとすると生とは一体何なのだらうか? 


――一時、此の世に現はれて直ぐに消えてしまふカルマン渦の一種さ。


――またカルマン渦か……。


――《個時空》は知ってゐるな。時の流れの上に明滅する生命の若しくは存在のカルマン渦を。


――そして外界といふ《過去》にぽつねんと《現在》たる《主体》が渦巻となって抛り置かれカルマン渦となって《存在》する。そしてその《主体》は《有限》故に《死》を生まれながらに原罪の如くに内包してゐる。


――さう。《個時空》はそれ故に《孤独》だ。周りはすべて《距離》の存在する《過去》だからな。


――《個時空》が動くと外界は仮初にも無限遠を中心とした《時空間》のカルマン渦を巻き始める。その時の孤独といった何とも言へない程深い……。


――やはりこの宇宙は悪意に満ち満ちてゐるぜ。《主体》は未出現の、また無出現の非在に呪はれ、その上に絶望的に深い孤独の中に閉じ込められてゐるんだからな。


(五の篇終はり)




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