幽閉、若しくは彷徨 七

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ 思索 #770
――それにしても宇宙もまた思案してゐる。



――それは神が思案してゐることと同義語か? 



――さうかもしれないが、さうじゃないかもしれない……。



――この宇宙が存在してしまったが為に生れ出ることが叶わなかった所謂《亡霊宇宙》が、この宇宙の背後に死屍累々としてゐる……か……。



――誕生したのがこの宇宙でなければならなかった理由は何一つないぜ、ふっ。



――しかし、この宇宙は現に此の世に存在してしまってゐる。そして今も多分膨脹を続けてゐる筈さ。



――へっ、此の世の神の摂理、否、物理法則に則ってこの宇宙は膨張してゐるのか? 何故この宇宙は膨張する? 



――それは解からぬが、この宇宙もまた己が己であることに一時も我慢がならないのは確かみたいだな。



――現状に満足出来ぬか……、へっ。



――時間が流れる以上、宇宙はその膨脹を止められぬ。



――この宇宙の何処かにBig Bang(ビッグバン)の震源地が残ってゐる筈なのだが……人間の科学技術では今のところ見つけられない。



――ほら、天を見上げれば全て過去なりしか、はっ。



――いや、過去とばかりは言ってられないぜ。天の様相の中にはこの天の川銀河の未来の姿を見せてゐる天体が必ず潜んでゐる筈さ。



――過去は未来でもあったな、《個時空》といふ考へ方では。



――つまり、外界といふ過去の世界に将来到達すべき《目的地》が見出された途端、過去は未来へと反転する。不思議なもんだぜ。



――だから、天上の天体の中に天の川銀河の、ましてやこの地球の未来の姿が潜んでゐる。



――その中には、例へばこの宇宙が生まれ出てしまったが為に存在できなかった未出現の宇宙も隠されてゐると思ふかい? 



――へっ、当然だろ。それに多分、これまでに死滅した数多の宇宙も隠されてゐる筈さ。



――つまり、亡霊宇宙か……。



――やはりこの宇宙もまた未出現の宇宙に呪はれてゐるのだらうか? 



――ふっ、当然呪はれてゐるさ。



――それでは亡霊宇宙の怨念もまたこの宇宙に満ち満ちてゐる? 



――はっはっ、当然だろが! この現在存在してゐる宇宙もまた死滅すれば怨念を残し、次に生れ出て来ざるを得ないであらう次世代の宇宙にその怨念は受け継がれて行く。



――つまり、その怨念は「吾はそもそも何ぞや」だろ? 



――さう。この宇宙もまた死滅する直前まで、否、死滅した後も「吾とは何ぞや」と呻き続けるのさ。



――永劫に「吾とは何ぞや」と呻き続ける? 



――多分な。



――正覚はしない? 



――それは解からない。しかし、多分、この宇宙が正覚した暁には、この宇宙内の全存在が正覚する時だらう。



――それは壮観だらうね。



――それはどうかな。へっ、全ては自身に充足して自足してしまってゐる何とも薄気味悪い世界が到来してゐるんじゃないかな。



――薄気味悪い世界? 全てが正覚し太悟した世界がかい? 



――さうさ。そんな世界は気色が悪いに決まってゐる。



――どうしてさう思ふ? 



――考へてみろよ。流れるは唯時間ばかりでその外は何も移ろはない。つまり、其処には最早変容といふ言葉が、変容といふ概念が無いんだぜ。何ものも変容せず流れるは時間ばかりの謂はば《死》の世界がそんなに凄い世界だと思ふかい? 



――宇宙の正覚が《死》んだ世界? ふっ、確かに……さうかもしれないな……。それって欲望すらも渦巻かない喩へて言ってみれば年老ひた球状星団みたいな世界なのかもしれないな……。



――さうさ。正覚した宇宙に最早渦巻銀河は存在しない。渦巻そのものがそもそも存在しないのさ。何も胎動しなければ何の変化もない世界。存在してしまったもの全てが自足の中に閉ぢ籠りある種の私的な熱狂の中の愉悦に包まれ、それを平安と呼ぶならば平安なのだらうが、ひたすら死を待ち焦がれる存在があるだけだ。正覚なんぞは多分そんなものさ。



――何事も真丸の円といふ事か……。



――そんな世界は気色悪いだろ? 



 闇は何もかも飲み込む貪欲なものなのかもしれぬ。彼が見る闇にはしかしながら、幽かに淡く輝くAurora(オーロラ)の如きものが現はれそれがゆっくりと反時計回りに渦を巻き始めたのであった。彼はそんな瞼裡の闇を凝視しながら陰陽太極図を思ひ浮かべるのであった。



(七の篇終はり)

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