幽閉、若しくは彷徨 十七

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ 思索 #968
――一つ尋ねるが、その此の世ならざる《光》となりし《吾》はひと度「吾此処にあり!」と念ずれば《吾》は《吾》となって此の世に出現するのかね? 


――ふっふっふっ、これは異なことを言ふ……。まあ良い、それはそれとして、多分《吾》といふ幻影を見て「吾此処にあり!」と感嘆するだらうよ。


――つまり、全ては泡沫の夢といふことかね? 


――違ふかね? 


――「違ふかね?」といふことは、お前は少なくともさう考えてゐるといふことだね? 


――いいや。俺は端から《夢》なるものに全く興味を感じない! 唯、象徴的に言へば時間が最早一次元のやうな振る舞ひをするものと看做すことは禁忌だ。するとだ、時間が無限の相を持った此の世とは、仕方がないが今のところ夢見と同類の何かとしか記述若しくは表象出来ないのさ。


――つまり、一次元の枠から解放された時間の相に存在する《存在》は夢の如く現はれるといふことだね? 


――しかし、その《夢の如く》の《夢》が問題なんだ。


――つまり、それは夢現の境がなくなるといふことだね? 


――いいや、《吾》といふ意識が存在する以上、《夢》を見ることは最早叶はぬ《夢》となり果て、その上《吾》といふ、此の世ならざる《光》となりし《主体》は、絶えず覚醒し続け現のみを凝視するしか生き残る道はないのだが、しかし、《主体》たる《吾》にはそれが《現》であるといふ証左がこれっぽっちも無い。唯、摩訶不思議な《もの》を《見る》外ないのさ。つまり、其処には絶えず《存在の不安》が横たはってゐる……。


――はて、その摩訶不思議な《もの》とは何かね? 


――つまり……《物自体》の位相のことさ。


――《物自体》の位相だと? 


――《実体》と《反体》の対消滅によって生じし此の世ならざる《光》となりし《吾》は、その時、《物自体》の前へ抛り出される。


――それは世界が《物自体》といふことかね。


――ああ、《物自体》の筈さ。全てが《物自体》の位相の下に置かれるのさ。勿論、此の世ならざる《光》となりし《吾》もまた《物自体》の位相に相転移する。


――へっへっ、それはお前の単なる夢想に過ぎないのじゃないかね? 


――ああ、勿論、俺の夢想に過ぎない。


――あっさりと認めるんだね、夢想に過ぎないと。


――夢想としか表象出来ないからさ。


――すると《実体》と《反体》の対消滅がそもそも夢想に過ぎないといふことかね? 


――ふっ、夢想で結構じゃないか。


――つまり、夢想においてのみ世界が《新世界》へと相転移し、《存在》がこれまで体験したことのない未知の様相を呈すとお前は考へてゐるといふことだね? 


――へっ、さうさ。存在するもの全てが《夢》見ずして何処に《変容》する余地が残ってゐるといふのか? 


――つまり、《物自体》が一つの夢想に過ぎないと? 


――ちぇっ。……一つ尋ねるが、お前が現に今見てゐる世界が夢でないといふ証左は何処にあるのかね? 


――だが、夢であるといふ証左もない。


――ふっ、また堂々巡りの始まりだな。


――はっはっはっ。


と、その刹那、彼の視界の闇に流れ星の如き閃光が一瞬煌めいて消えたのであった。彼は不意に眼球をゆっくりと上向きに据ゑ、その闇に潜むであらう存在の秘密を凝視するかの如く、或ひは闇といふものの《影》を見据ゑるが如く、眼前の闇を睨み付けたのであった。


(十七の篇終はり)


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