マグダラのマリア

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ 雑談 #1687
福音書というものをご存知でしょうか。{:-)}

ルカ、マタイなど、イエスの使徒が描いた、イエス・キリストにまつわる逸話などをまとめたもので、新約聖書に記述されています。

新約聖書の中には、娼婦が出ており(イエス・キリストの足を洗うくだり)、過去にはこれがマグダラのマリア(マグダラ地方のマリア)と断定した教皇も居たのですが、近年は「マグダラのマリアが主人公の福音書」も見つかっており、娼婦ではなく、あらためて新約聖書の中では重要な位置を占める人物として注目を浴びています。

マグダラのマリアの福音書は「異端」として新約聖書から排除されていたという説が研究によって発表されていますが、では、どうしてマグダラのマリアは新約聖書から抹殺されなかったのでしょうか。

新約聖書では「キリストの復活」が重要な意味を持っています。

神の子「イエス」が神の子である故に復活を遂げるのです。

復活した「イエス・キリスト」がマグダラのマリアの前に現れた記述がある事から、抹殺できなかったのでしょう。

しかしその復活は、マグダラのマリア以外、誰も見ていません。「使徒の使徒、マグダラのマリア」の報告を受けた別の使徒が安置した墓を見に行ったとき、「そこにイエス・キリストは居なかった」事から真実とみなされています。

ダビンチ「最後の晩餐」の構図をMという文字に表し、左の人物がマグダラのマリアとした推論は、「だとしたら、ヨハネはどうした?」という素朴な疑問にぶつかるため、真偽のほどは定かではありません。

また、イエス・キリストとヨハネが同性愛の関係にあったため女性的に描いたという説もありますが、私はそうも思いません。

ヨハネは若く、中世の宗教絵画では、若い者と偉大なるものとの差を明らかにするため、若い者を女性的に描く慣習があったという説があり、私はそれを支持しています。

ともあれ、最後の晩餐はともかく、マグダラのマリアはイエス・キリストにとって、重要な、ひょっとしたら最も重要な使徒であったのかもしれません。

それらは、近年数々発見された聖書の写本や、マグダラのマリアが女性グループのリーダーであった事実などからそう感じとれます。

イエス・キリストとマグダラのマリアとの子供を守ったとされる「シオン修道会」についても、実在していたと言われています。

しかし、シオン修道会の存在はずっと近代の事で、その目的も映画で述べられる事とは全く違っていたと聞き及んでいます。

聖書を考古学的に論じるのはこのあたりにしておきますが、そういった文献やドキュメンタリーはついつい、見入ってしまいます。

西暦はキリストが生まれて2009年って意味ですしね。{:-)}

<span style="font-size:10px;">※考古学の文献やドキュメンタリーをリソースとする私的なブログのため、「キリスト様」等の敬称は省かせて頂きましたが、キリスト教に関わる教義一般を誹謗中傷するものではありません。ご了承ください。

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