「オツリ、オオイヨ」

テーマ ・ プライベート♪ カテゴリ ・ なし #29052

千葉市内のあるお米さんでの出来事です。
店主夫婦が配達で外出しており、おばあちゃんが店番をしていると、外国人のカップルが買い物にきました。4400円の買い物をして、1万円札を渡されたので、おばあちゃんは5600円のお釣りを渡しました。
ところがしばらくすると、その外国人夫婦が戻ってきて「ワタシハ5000円札オワタシシタ。オツリ、オオスギルヨ」といったのです。その言葉におばあちゃんは5000円札を1万円札と勘違いして受け取ったことに気がついたそうです。

日本では、初めは名を楷書体で自署したが、次第に草書体にくずした署名(草名(そうみょう)という)となり、それを極端に形様化したものを花押と呼んだ。日本の花押の最古例は、10世紀中葉ごろに求められるが、この時期は草名体のものが多い。11世紀に入ると、実名2字の部分(偏や旁など<a href="/blog/blog_error.asp?mode=20">実印通販)を組み合わせて図案化した二合体が生まれた。また、同時期に、実名のうち1字だけを図案化した一字体も散見されるようになった。いずれの場合でも、花押が自署の代用であることを踏まえて、実名をもとにして作成されることが原則であった。なお、当初は貴族社会に生まれた花押だったが、11世紀後期ごろから、庶民の文書(田地売券など)にも花押が現れ始めた。当時の庶民の花押の特徴は、実名と花押を併記する点にあった(花押は実名の代用であるから、本来なら花押のみで十分である)。
鎌倉時代以降、武士による文書発給が格段に増加したことに伴い、武士の花押の用例も激増した。そのため、貴族のものとは異なる、武士特有の花押の形状・署記方法が生まれた。これを武家様(ぶけよう)といい、貴族の花押の様式を公家様(くげよう)という。本来、実名をもとに作る花押であるが、鎌倉期以降の武士には、実名とは関係なく父祖や主君の花押を模倣する傾向があった。もう一つの武士花押の特徴として、平安期の庶民慣習を受け継ぎ、実名と花押を併記していたことが挙げられる。武士は右筆に文書を作成させ、自らは花押のみを記すことが通例となっていた。そのため、文書の真偽を判定する場合、公家法では筆跡照合が重視されたのに対し、武家法では花押の照合が重要とされた。
やがて配達から戻った子供夫婦に、おばあちゃんは涙ぐみながら「正直者がバカを見る世の中だというのに。私は商売を始めてこんな感激したことはない」と話したそうです。
善行に国境はありません。一人の正直な心が相手や周囲を感動させて、住みよい社会が生まれていくのです。
私たちも人に感動を与える生き方を常に心がけたいものです。

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