原発と原爆

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☆震度6強の地震は過去4たび経験しているが、立っていられないほどの揺れは初めてて゛あった。
千年に一度の地震は将に想定外の津波を生じ一瞬にして原発の機能が破壊され水素爆発を起こして放射能が周辺地域に飛散した。
この大震災から半年が過ぎようとしているが、原発事故は未だ収束せず何時になるかも明らかでない。原発近傍の住民は放射能という不可視の危険物を避けるためやむなく住み馴れた土地を離れ各所に避難している。そして再び戻れるかどうかも定かでない。
安全クリーンな原発を信じてその建設を受け入れ、多額の交付金と多くの雇用を得て近傍の町村は潤沢な生活を送っていた。しかし、想定外という津波に脆くも機能不全となりかつ、住民は放射能というとんでもない危険に晒されることとなった。

☆さて、今年も66回目の原爆忌が巡ってきた。
当時、米国は太平洋戦争の早期終結を図るため原爆を使用したが、長崎、広島両市合わせて死者40万人を超える惨劇となった。
時の政府は核兵器の威力を知ることも被爆回避に努めることもなく、さらには戦後国民に対する戦争責任を誰一人負うこともなく戦勝国による国際軍事裁判をもって終止符が打たれた。
それから半世紀あまりが経ち核兵器廃絶の国際機運は高まっているが、現実は殆ど進展していない。むしろ核保有を外交の道具にしている国さえある。
また、原爆の被害を受けた方々は国家賠償も不十分のまま高齢化し、遠い昔日の出来事ととしてその記憶も薄れつつある。

☆戦後、核エネルギーを戦争の道具ではなく平和産業のために利用することを目的に原子力発電が生まれた。
世界初の被爆国においても核エネルギーによる電力施設が全国各地に建設され今日に至っている。その背景には火力、水力による発電能力に限界がありかつ、高度経済成長化に伴い大きな発電量が必要だったからと聞く。
しかし、平和利用のための核エネルギー施設が人為的とも言える事故によって人々は再び被曝の憂き目に遭うこととなった。
放射能汚染が10年先、20年先、人々とその土地にどのような影響が現れるのか、近傍の住民は全く予測がつかず、日々不安な時を過ごしている。先ずは一日も早い収束を願うばかりである。

☆戦後の困窮から豊かさを求め世界第二の経済大国を謳歌したがその裏には大きなリスクがあることを知らされた感がある。「好事、魔多し」か。

                       原発西方68Kmにて




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